![]() 「プラハの春」国際音楽祭が始まったのは1946年5月、1939年以来ナチスドイツの占領下に置かれていたチェコが開放されたちょうど1年後のこと。 この年が創立50周年にあたるチェコ・フィルの記念事業として行われた。 近代チェコの父として国民的尊敬を集めているスメタナの命日の前夜にあたる5月11日に若き常任指揮者ラファエル・クーベリックがタクトを振った。 |
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「プラハの春」国際音楽祭記念 (左から 1955年、1955年、1961年、1986年発行)
[チェコスロヴァキア]
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ラファエル・クーベリック (チェコ) |
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ノヴァク |
フォルスター |
スーク |
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ラウブ |
オンドリセック |
スタミク |
以上 6枚は1957年の「プラハの春」国際音楽祭記念 (チェコスロヴァキア) |
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「プラハの春」音楽祭の主会場である 「芸術家の家」劇場 (チェコスロヴァキア) |
プラハ国民劇場竣工70周年記念 (チェコスロヴァキア) |
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スメタナ (チェコスロヴァキア) |
スメタナ (チェコスロヴァキア) |
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ドヴォルジャーク (チェコスロヴァキア) |
ドヴォルジャーク (モンゴル) |
ドヴォルジャーク (チェコスロヴァキア) |
モーツァルトとプラハの縁は深い。1787年初めプラハを訪れ新作のニ長調交響曲を披露する。後に「プラハ」の愛称を持つことになる交響曲38番である。その際新作オペラの作曲を委嘱され10月に自ら指揮して初演されたのが「ドン・ジョヴァンニ」でこれ亦大成功を収めた。プラハの人々は今もモーツァルトをスメタナやドヴォルジャークと同様に自国の作曲家並みに扱っている。 |
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「ドン・ジョヴァンニ」が初演されたティル劇場 (左片は「「ドン・ジョヴァンニ」の楽譜) (ボヘミア) |
モーツァルトとティル劇場 (チェコ) |
「ドン・ジョヴァンニ」を指揮するモーツァルト (背景はティル劇場と「ドン・ジョヴァンニ」の楽譜) (チェコ) |
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ティル劇場 (チェコスロヴァキア) |
「ドン・ジョヴァンニ」を作曲したベルトラムカ別荘 (チェコスロヴァキア) |
モーツァルトと「ドン・ジョヴァンニ」の場面 (サンマリノ) |
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(チェコ) |
(チェコ) |
チェコ・フィルハーモニー交響楽団創立周年記念 左が70周年(1966年) 右が100周年記念 |
音楽祭の開幕を飾る慣例になっているのがスメタナの交響詩「わが祖国」であるが、6月初めにベートーヴェンの第九で約3週間の音楽祭の幕を閉じるという慣わしになっている。 |
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ベートーヴェンと第九の楽譜 (コロンビア) |